キューバ・サンタクララの旅
(2010年10月2日〜10月11日)


10月2日
キューバ・サンタクララ、飛行場には僕たちの乗った飛行機以外には無い、それも乗客は1/3も乗っていなかった、それも週にたったの2便でしょ? まずサンタクララから入る日本人はいないらしい。


10月3日
このキューバの旅に合せてチェゲバラを読みきった、この記念館で感動がこみ上げる。
でも、さすが社会主義に近いと言うか西側に遠い国、サンタクララは田舎のせいか、お土産屋などまったく無く、店もほとんど無い、KFC・マック?とんでもない話。


ほとんど店も食堂も見つからず、ここまで何も無いとは。
外人専用ペソは20倍とか、昼食ったピザが32ペソ(約35ドル)でも20ペソ(20ドル)にしてくれた、でも彼らの実値は1/24、それを20ドルで売るなんて泥棒。


ハエが待ち伏せしているピザ屋のテーブル。


これがあの(1)キューババス?
いくら遠近法のテクニックを使っても隠せないバスの大きさにションボリ、明日も朝7時より第二ラウンド。


3日夜泊まったホテルは1泊22ペソ、行く前はどんな酷いとこなんだろうとビビッテいたけど、中々良い、エアコン・ホットシャワーにTV、窓からの景色はこの通り。


ディナーは二人でワイン飲んだりビール飲んでコース料理ででデザートからエスプレッソコーヒーまで付いて12.5ペソ(15ドル)、これは本当のキューバの物価なんだろうか?
明後日のトリニダードの1泊100ドルのホテルはどんなとこなのか、何せ世界遺産価格かなぁ。



10月4日
朝7時のLake Hanabanilla、静かな朝。


朝一番のバスは恵美子、前には滝が完璧な演出で気分さ最高。


この湖の名所・ブラックリバー、山の奥に見えるが滝、この落差の高い滝が湖に二手に別れ流れ込む、バスがグシャグシャ、釣り人は僕たち以外に誰もいない。



外道の(2)ティラピア。


宿泊客もほとんどなく、貸切状態のリゾートホテルとLake Hanabanilla、釣り三昧でした



10月5日
Trinidadに向かう道々、水が見えれば、まずキャスト。(3)Cuban-Cichlid


下に見下ろすがトリニダードと南カリブ、ここまで道程は超最悪の状態、何度も、『もう駄目だ!』の状況に


ホテル脇に沢山のマングローブジャックが、橋の下を狙うんだがキャスティングがイマイチ。


(4)マングローブジャック。


KUSANO OSAKA KOBEって誰?


ホテルは100ドル出しただけあってキューバではそこそこ、それも朝食・昼食・夕食・お酒から何でもかんでも料金に込みこみ。
問題だったのは、ホテルの予約が今日じゃなくて明日だったて事...泊めて!




10月6日
今朝は爆釣の予感。(トリニダードの入り江)
(5) Great Barracuda

(6) Grunt Fish

(7) Bar Jack

(8) Dog Snapper

(9)Yellowtail snapper
これが沢山釣れて、恵美子だけでも20匹は釣った。

(10)Mutton Snapper


恵美子の釣った魚を餌に地元フィッシャーマンのタックルは針と糸とオモリだけ。


ランチもついでにフィッシュ。
世界遺産・トリニダード



見た目は古くて汚い教会、古くも無いんだろ?あまり価値が理解できないツーリスト。


まるでマージャンでもしているように、プレーしているのはドミノ。


何て苦しそうな、でも心地良いんだろうな。
10月7日
眩しいビーチをバックに夏が似合う(元)沖縄少女。
結局、もう一泊ここに泊まる事に決定。


ホテルで知り合った陽気な爺さん達、右から目が悪いエジプト系カナダ人、耳が悪いフランス系カナダ人、口が悪いマダカスカル系中国人、彼らはカナダ在住。


ウァオ!こんなのが近くで泳いでるんだ。


(11) Needle Fishこいつだよ、ラインをバサバサ切ってくるのは。


(12)ベラだな、これ生きてるの?


恵美子のお得意さん、これが本日の15匹目。


10月8日
朝8時、ボートをチャーターして沖に出たけど風が強く釣りにならない、僕のベイトロッドは折れるし、ヤル気は失せるのみ、サレンダー。


ま、その折れたロッドがトローリングで釣れた唯一の一匹、バラクーダー。


午後ランチの後、ヘッドをもう一つの世界遺産・CIENFUEGOSへ。


道々釣りでの今旅最小の一匹、(13)Bigeye Trevallyのベビー


68ペソで二人分の朝・昼・夕食・お酒・何でも飲み放題、Hotel Amigo Rancho Luna☆☆☆、僕たちには充分。


ビーチだってキューバでは釣れる。
10月9日

CIENFUEGOSの街に入り今旅初めての信号機を...必要ないと思うけど。


CIENFUEGOSの町が見える海岸線、どこでも水があればまず、キャスト。



CIENFUEGOSの世界遺産(らしい)、190X年にキューバは'独立したとか何とかスペイン語で書いてあった。(と思う)、英語もないし良く解らん。


Cheをバックに。


キューバって感じでしょ、壁にはゲバラ・カミーロなど英雄の絵が。


子供たちが釣っていたのはティラピア、餌はミミズ・Santa Claraに向かう途中で。


一週間ぶりに戻ってきたSanta Clara、あのオンボロカーでオンボロ道を通ってよくも戻れたものだと関心。


サンタクララの街、商店内を除いてみるとやけに高い、倍近い金額が表示されている、1CUC=24CUP、要するに24倍同じペソでも価値が違う、シャツを10ペソで買うとすると外国人は24シャツ分のお金を払うことになる、ローカルは1シャツ分しか払わない。
そりゃ外国人を襲う、大金持ってるから。


街から郊外のホテルまで自転車に乗って、距離にして約7〜8キロを5ペソ、意外と快適で涼しくて、楽しい
10月10日
最後の食事は、サンタクララの街に出て。


チェゲバラの軍がサンタクララの戦いで襲撃した貨物列車。


サンタクララの中心にある公園で焼きピーナッツ売りのおばさん、50セントを取って5本くれたがローカルペソでは1ペソらしい。


東洋人と言えば、中国人。
『ニイ・ハオ・マー』って声をかけられ、『さようなら』って言ったら、『ハッポン?』って。
座り込んで、親しげにしゃべってくるキューバの若者。


陽気なキューバの子供たち、とってもフレンドリー。


さようなら、キューバよ、サンタクララよ。
日本人・韓国人には会わなかった、ハバナから入っていればいたのかも知れないけど、でもおかしなマダカスカル生まれの中国人とは親しくなった。
興味のあったチェゲバラに接したのが初日のサンタクララ、キューババスに出会ったのが2日目の山の中、英語に接したのが5日目のトリニダード、信号機を見たのが9日目シエンフェゴス。
まるで過去にジャンプしたような時間、町並みも車も何もかも古く、50年は時が止まったように、人も素朴で危険なおもいは一度も無く、食事も美味しく、魚も沢山釣れるし、インターネットなんて無くても時間が過ぎるんだって当たり前なことを肌でしっかり感じて、今から現実に戻るけど、またすぐ現実逃避しよっと。



キューバにはUSAから直接飛んでおらず、サンタクララ→モントリオール→トロント→シカゴ→シンシナティーと4っの飛行機を乗り継いで帰る、イミグレーション、カスタム、セキュリティーを何度か通過するうちにキューバの葉巻は取られ、ルアーのフックは外され、ペンチ・ナイフは没収、気分は段々重く、手荷物は段々軽くなっていく、チョット疲れたかな。